桂米朝『落語と私』


芸人はどんなにえらくなっても、つまりは遊民(何の仕事もしないで暮らしている人)なのです。世の中の余裕 ー おあまりで生きているものです。ことに落語というものは、「人を馬鹿ににした芸」なのですから、洒落が生命なのです。
落語家に限らず、おあまりで生きている連中の色恋沙汰やら年金の払いに社会的責任を問う昨今。そうしてもらった方が、格が高そうで良いというのもアリかもしれないけれど、何故か、くだらない事をくだらないと捨てておけなくなっていると同時に、大事な事もくだらない事にからめられて、格が下がり、ぞんざいに扱われる。