許容範囲

例えば、カルヴィーノ。『パロマー』の「不揃いなサンダル」が価値のある、ロマンチックなハナシと、感じられる人間が、どのくらい日本には居るのか。
例えば、『耳袋』。「……まのあたり見聞せしもの、物語りしとや。」って、結局伝聞かい!と突っ込みつつ、楽しめる人間が、どのくらい日本には居るのか。
とりあえず、著作権で稼げないと喘ぐ前に、著作物の価値に対して敬意を持つ、著作権の支持層が、普通に存在するなんて事か、ただの感傷に過ぎないかもしれない事について、考えるべきだ。
取り分を危うくされるエンジニアが、正しく厨叩く事すら、負け犬の遠ぼえになるくらい、世界には伝統的に、誰かのタダ働きや、濡手に粟の横着が蔓延している。共産主義が登場して、今も消滅しないのが、地上に搾取とロマンのある証拠と思えば、ロマンが死に絶絶えて、残るのはただの消費と劣化をくりかえす、搾取の楽園だけじゃねえのと、思いつつ、暫くは作戦タイム。
どうせなら、『勝組』みたいな、レースから降りられない幻想のゴールではなく、きちんと囲い込んで搾取する側にまわる、走らなくてもよくなる勝ち抜けのアガリの方が、ロマンチックなことは確か(笑)。